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京都地方裁判所 昭和43年(ワ)1483号 判決

原告

真木辰彦

代理人

莇立明

被告

葵タクシー株式会社

代理人

前堀政幸

外二名

主文

原告が、被告の従業員であることを確認する。

被告は、原告に対し、金二、六四八、四九〇円及び昭和四五年一二月一日からら本判決確定の日まで一日当り金一、五三〇円の割合の金員を、一ケ月分づつ毎月二〇日限り支払え。

原告のその余の請求を却下する。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告が旅客自動車業を営む被告に本務運転手として勤務していたこと及び被告が原告に対し、昭和四一年九月一六日到達の内容証明郵便をもつて同日限り原告を就業規則第五一条の規定(会社の都合)により解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

二本件解雇は不当労働行為で無効でであるとの原告の主張について判断する。

(一)  被告に葵タクシー労組及び葵タクシー従組が存在したこと、被告が葵タクシー労組の委員長及び副委員長を解雇したこと、その後昭和四一年七月三宅謙治が葵タクシー従組の委員長に、原告が同書記長にそれぞれ選出されたこと、同年九月一九日被告が三宅を解雇したこと、同年一二月葵タクシー従組の委員長など役員が改選されたことはいずれも当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると左記の事実を認めることができる。葵タクシー労組は、昭和三七年以前から存在し、全国自動車交通労働組合傘下の単組として、組合活動が活発で、被告に対する要求も強かつたため、被告は、いわゆる第二組合が結成されることを希望し、その推進に尽力した結果昭和三七年七月二〇日頃、一部従業員の間において葵タクシー従組が結成されるに至つたこと、被告は、葵タクシー従組の組合員に対しては、組合結成当初以来、組合員の残業を大幅に認め、運転料金の納金不足を容認する等の優遇策を施し、他方組合側においても、執行委員長等組合役職者は被告の方針に同調する者をもつてこれにあて、反被告的な活動等はしていなかつたため、その組合員も、結成以来増加の一途をたどり、従業員の過半数が加入するに至つたこと、被告は、昭和三七年秋頃、残留していた葵タクシー労組の組合員一二、三名全員に対し解雇通告をしが、うち七名については葵タクシー従組に加入することを条件として右解雇通告を取消す等の挙に出たこと、その後昭和四一年頃、葵タクシー従組内部において、次第に被告の方針に同調ばかりしないで、労働条件の改善等労働組合としての本来的な要求を貫徹するよう努力すべきであるとする意見が強くなり、昭和四一年七月の定期組合大会において被告に同調的な執行部役職員に代え、三宅が委員長に、原告が書記長にそれぞれ選出されるに至り、爾後、葵タクシー従組は、従来の方針に代え被告に対する要求の貫徹をはかる方針を確立し、新執行部を中心とした積極的な組合活動をしつつあつたところ、昭和四一年九月、被告が原告と三宅を解雇したこと、その後も葵タクシー従組は、組合活動を続け、同年一二月、年末一時金闘争を実施していたがその頃、突然早朝に臨時組合大会が開かれ、組合員六八名のうち三五名の投票により前執行委員長亀川が再度執行委員長に選出され、これに同調する執行部が作られるに至つたこと、右年末一時金闘争の組合大会において、亀川執行委員長が「被告の中村部長が、『会社と協調する組合の育成につとめて来たが、近頃の組合は会社のいうことを聞かない。こんな組合とは団体交渉があつても言うことを聞いてやらない。』と言つている」旨述べたこと。

(二)  被告は、本件解雇は正当な事由にもとずきなされたもので、不当労働行為の意図に出たものではない旨主張する。

(1)  〈証拠〉によれば、被告は、運転手の超過勤務による事故発生を未然に防止し、かつ運転手の交替に支障をきたさないようにするため、入庫時刻を厳守することを配慮し、葵タクシー従組との間にその旨の覚書を取り交わしていること、ところが、原告は、昭和四〇年一一月二〇日入庫時刻を遅延したため、被告から同日附の業務命令によつて戒告され、同四一年四月二〇日、同二二日にも同様の入庫遅れがあつたため、同月二五日附の業務命令によつて再度戒告されたことが認められる。

しかし、〈証拠〉によれば、被告の運転手のうちの約半数の者が入庫遅れを経験していることが認められ、また、原告の入庫遅れによつて特段の支障が生じたことを認めるに足りる証拠もないから、前記認定の行為のみをもつて、労働契約を維持し難い不信行為と認められない。

(2)  昭和四〇年一二月一三日原告が被告指定のガソリンスタンドで自車に注油を受けたこと、原告が右の行為につき被告に始末書を提出したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右ガソリンスタンド(山川石油株式会社)は、被告を名義人として掛売による給油販売をしたことが認められる。

しかし、〈証拠〉によると、原告は右掛売販売による注油の際、たまたま自車に同乗していた友人矢野一男をして、受取証に「真木」たる署名及び自車の車両番号を記入せしめたことが認められ、右事実によれば、原告が不正に代金支払を免れようと意図していたとは考えられず、むしろ、自己の責任において、代金を支払う意思を明らかにしたものと認めることができる。従つて前記認定の行為のみをもつて、著しい背信行為と認められない。

(3)  昭和四一年八月二日被告は、原告を本務運転手として起用するに際し、誓約書の提出を求めたが、原告がこれに応じなかつたことは当事者間に争いがなく、右誓約書に「被告が運転手を如何様にも処置できる。」旨の文言が記載されていたことは、被告が明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。原告が右のような内容の誓約書を被告に提出すべき義務はないと解される。従つて、右行為をもつて、労働契約を維持し難い不信行為と認められない。

(4)  〈証拠〉によると、原告は、昭和四〇年一月被告に入社以来、本件解雇までの間、同四〇年七月は全日病気欠勤し、その前後にわたり相次いで遅刻、早退していたことが認められる。しかし、〈証拠〉によれば、原告は昭和四〇年七月頃糖尿病で一ケ月入院し、その後も治療を続け、現在に至るも健康状態が必ずしも良好とはいえない状態にあることが認められ、原告の前記欠勤、遅刻もしくは早退の大半は右疾病に起因するものと認められる。従つて原告の前記勤務状態は、必ずしも同人の勤務に対する怠慢の情に出たもので、本件労働契約における不適格性を示すものと断ずることはできず、これのみをもつて、労働契約解約の事由と認められない。

(5)  原告が、昭和四一年九月一〇日午前一一時三五分から同日午後四時三〇分までの間に、三宅謙治の運転する自動車に乗客として乗車したことは当事者間に争いがなく、右の事実と、〈証拠〉を総合すると、左記の事実を認めることができる。

三宅は、昭和四一年九月一〇日午前一一時三五分頃、乗客として、当日は非番であつた原告を乗車させ、(イ)同日午前一一時三五分頃から一二時二三分頃までの約五三分間、(ロ)一三時三分頃から一三時五分頃までの約二分間、(ハ)一五時一五分頃から一五時三五分頃までの約二〇分間いずれも走行し、(ニ)一二時二三分頃から一三時三分頃までの約四〇分間、(ホ)一三時五分頃から一五時一五分頃までの約二時間一〇分の間、(ヘ)一五時三五分頃から一六時二五分頃までの約五〇分間それぞれ原告の承諾を得て停車し、原告とともに前記(ニ)、(ヘ)の時間にそれぞれ喫茶店で休憩をとり、(ホ)の時間に原告方で昼食をとつたこと、三宅は右(イ)ないし(ヘ)の時間のうち(イ)ないし(ハ)についての運送料合計金一、一七〇円を原告の未収として処理し、(ニ)ないし(ヘ)の合計約三時間四〇分の部分については自己の休憩時間として扱い、待時間料金をとらなかつたこと三宅は右(イ)ないし(ヘ)の時間の間ずつとメーターを倒したままにし、一六時二五分頃になつて、はじめて同メーターを起したこと、原告も、三宅の右のような取扱を認識し、かつ承認していたこと。〈証拠〉のうち右認定に反する部分は採用しない。

被告は、右(ニ)ないし(ヘ)の時間はいずれも待時間であるから、原告はその間の待時間料金を支払う義務があるところ、三宅と意思を通じ合い、不正にもその支払を免れた旨主張し、〈証拠〉には右主張に附合する旨の記載もしくは供述部分がある。

しかし、〈証拠〉によると、被告の、乗客とのタクシー運送契約はいわゆる普通契約にもとずくものであつて、道路運送法にもとずく定額料金が定められ、従つて右運送契約にあつては一旦メーターが倒されて乗客との間に運送契約が開始した以上、運転手は運送義務を、乗客は料金支払義務を負い、右契約が継続する間において乗客の一方的都合により停車した場合には、乗客にその停車の間の待時間料金支払義務が発生し、これに対応して運転手は右停車時間の間も右運送契約に拘束され、待メーターをかけねばならないが、他方、運送契約の継続中に運転手の都合で停車を申出て乗客がこれを承諾した場合には、当該運送契約は中断され、運転手はメーターを起こして運送契約から解放され、乗客も料金支払義務を免れることができること、被告も、運転手に対し、一般に、右のような処理方法を教育し、かつ実施するのを原則としていたこと、ところが他方、被告の運転手の間では、右のような一般的取扱にもかかわらず、その家族、極く親しい友人或は同僚を乗客として乗車させた場合に、運転手が食事をしたいとか、同僚が給料を受け取りにゆく時など、乗客の同意を得て停車し、爾後に運送契約が続いたときでも、右停車時間待メーターを掛けず、従つて待時間料金を収受することなく、当該運転手は右停車時間を休憩に充当することもあつたこと、被告はこのような扱いに対し、従来格別の非難もしていなかつたこと、被告の運転手には被告と葵タクシー従組との間の協定により一勤務につき四時間の休憩時間が定められ、業務の性質上、運転手が当該勤務の時間内の適宜の時間をこれに充当できる慣行になつていたことが認められる。右事実に照らすと、原告らの前記認定の行為は、被告が従来例外的な慣行として容認していた取扱に従つたものであると認められる。

もつとも、〈証拠〉によれば、三宅には当日の勤務において、自車を実動させていない時間が前記(ニ)ないし(ヘ)の他に約二時間位あることが認められるけれども、運転手が適宜の時間を休憩時間に充当できる慣行にあつたこと前記認定のとおり前記認定のとおりであるから、被告において、右二時間を不就業労時間とみなして賃金カットし或は右不就労が勤務に対する不適格性を示すものとしてこれを非難するなら格別、被告において、右二時間を一方的に休憩時間に充当し、前記(ニ)ないし(ヘ)を待時間とみなして、当該待時間料金の支払がないことを非難することはできない。

また、〈証拠〉によれば、原告らは、当初中村弘、谷本達夫らから右行為についての事情を聴取された際、「人間やつたら誰でも一銭でも安い方がいいのではないか」旨述べ、右(ニ)ないし(ヘ)の時間を休憩時間として扱つた意思を明らかにしていなかつたことが認められるけれども、右は、当時、原告らと被告の間において、前記二(一)認定のような事情があつたために感情的な対立から出た言辞であろうと認められ、必ずしも、原告らにおいて、前記(ニ)ないし(ヘ)の時間を三宅の休憩時間として扱う意思であつたことを否定するものではない。

前掲証拠のうち右認定に反する部分は採用しない。

従つて、前記認定行為のみをもつて、労働契約を維持し難い背信行為と認められない。

(6)  以上(1)ないし(5)に認定した各事由は、いずれも、それのみでは合理的な解雇理由とは認められないのみならず、これら各事由を合せて考えてみても、未だ雇傭契約における信頼関係を破壊するに至らず、合理的な解雇理由とは認められない。

(三)前記(一)の認定から、被告は、組合活動が活発であつた葵タクシー労組に対し、その弱体化をはかる反面、第二組合である葵タクシー従組の発展を助長して来たが、右組合も昭和四一年頃になつて、反被告的態度を示すようになつたため、その幹部であつた原告らに対し、こころよく思つていなかつたことを推認することができ、また、前記(二)の認定のとおり、被告主張の解雇理由につき、合理性が認められないから、結局、本件解雇は、原告が労働組合員として御用組合から自主的組合への脱皮活動等の労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、なされたものと認めるのが相当である。

よつて、本件解雇は、不当労働行為として無効であり、原告は被告の従業員としての地位を有するところ、被告において、これを争つているから、原告が右地位にあることの確認を求める利益がある。

三賃金請求権について

(1)  本件解雇前三ケ月間の原告賃金が一日当り金一、五三〇円であつたこと及び被告の賃金支払が毎月二〇日その月分支払であることは、当事者間に争いがない。

(2)  よつて、被告は、原告に対し、本件解雇の日の翌日の昭和四一年九月一七日から、昭和四五年一一月三〇日までの一日金一、五三〇円の割合による賃金合計金二、三五〇、〇八〇円(本件口頭弁論終結時の昭和四五年一二月二日まで弁済期の到来している賃金)を支払う義務がある。

(3)  また、被告は、原告に対し、昭和四五年一二月一日から本判決確定の日までの一日金一、五三〇円の割合の賃金(本件口頭弁論終結時未だ弁済期は到来していない)については、被告が原告の就労を拒んでいる態度に照して、その請求につき予め判決を求める必要が肯定される。

(4)  しかし、本判決確定の日の翌日以後の賃金支払請求については、口頭弁論終結当時被告が原告の就労を拒んでいる場合でも、従業員地位確認請求及び判決確定の日までの賃金請求につき請求認容の本判決が確定する以上、特別の事情のないかぎり、予め判決を求みる必要がないと解するのが相当である。本件において、右特別事情を認みるに足る証拠はない。従つて、右請求は、訴の利益を欠き、却下を免れない。

四一時金等について。

(1)  〈証拠〉によれば、被告と葵タクシー従組の間で左記のとおりの協定が締結されたこと及び後記各金員については、いずれも前記平均賃金算定の基礎となつていないことが認められる。

(イ)  昭和四一年五月一六日協定

(A) 昭和四一年度末一時金七〇、〇〇〇円を支給する。

(B) 年間を三期に分け、一期間内に休暇券を二枚宛交付し、当該期間中に使用しない場合には、休暇券と引換に一枚につき特定祭日手当金一、〇五〇日を、翌期最初の給料日に支給する。

(ロ)  昭和四二年五月一七日協定

(A) 昭和和四二年度夏季一時金六五、〇〇〇円及び同年度末一時金七五、〇〇〇円を支給する。

(B) 労基法の定めによる年次休暇手当を支給する。

(C) 年間を四期に分け、一期間内に休暇券を二枚宛交付し、当該期間中にこれを行使しない場合には、休暇券と引換に一枚につき基本給の一日分(金一、〇〇〇円)を特定祭日手当として翌期最初の給料日に支給する。

(ハ)  昭和四三年四月二〇日協定

(A) 昭和四三年度夏季一時金六六、〇〇〇円を支給する。

(2)  〈証拠〉によれば、被告は、右各一時金を算定するにあたつて、運転手の勤務状況等を参酌したうえ、一定の率により減額してこれを支給することになつていることが認められるが、被告は、原告につき、右減額事由を主張しない。

よつて、被告は原告に対し前記各一時金合計金二七六、〇〇〇円全額を支払う義務がある。

(3)  また、被告は、原告に対し、前記(イ)(B)に対応して、一日当り金一、〇五〇円の割合で二日分、同(ロ)(B)に対応して平均賃金の割合で七日分、同(ロ)(C)に対応して、一日当り金一、二〇〇円の割合で八日分以上合計金二二、四一〇円の金員を支払う義務がある。

五よつて、原告の本訴請求は、二の地位確認請求、三の(2)の賃金と四の一時金等との合計金二、六四八、四九〇円の支払請求、三の(3)の賃金の将来の支払請求の限度において、正当としてこれを認容し、その余の請求(三の(4)の請求)は、訴の利益を欠くから、これを却下し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条但書を、仮執行の宣言につき、同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(小西勝 山本博文 那須彰)

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